給料を上げても社員のやる気が上がらないのはなぜか
「賞与を増やしたのに、若手社員が立て続けに辞めてしまった」 「給料を業界平均以上に引き上げたのに、職場の空気は重いまま」 「待遇は決して悪くないのに、優秀な人材から先にいなくなる」
中小企業の現場では、こうした悩みが本当によく聞かれます。
「最終的にはお金で解決できるはずだ」── 経営者の感覚として、これはごく自然な発想です。だから給料を上げる、賞与を増やす、待遇を改善する。
しかし、ここに落とし穴があります。給料・労働条件などの待遇を整えれば離職は減りますが、それだけでは社員のやる気も業績も伸びないのです。
この現象を見事に説明してくれるのが、ハーズバーグの二要因理論です。本記事の結論を先にお伝えします。
社員の定着と業績アップには、二段構えのアプローチが必要。
ステージ1|まず「衛生要因」(給料・労働条件・人間関係)を整える → 離職を防ぐ
ステージ2|次に「動機づけ要因」(達成・承認・仕事自体・責任)を高める → 業績を伸ばす
順序が逆だとうまくいきません。動機づけ要因をいくら整えても、衛生要因が業界水準を下回っていれば社員は辞めていきます。逆に衛生要因だけ充実させても、動機づけ要因が欠けていれば社員のやる気は生まれず、業績も停滞します。
この記事では、二要因理論の中身をわかりやすく解説したうえで、中小企業の事例を交えて「経営者が何から、どの順序で取り組むべきか」を整理します。
ステージ1|まずは「衛生要因」を整えて離職を防ぐ
最初にやるべきは、給料・労働条件・人間関係といった衛生要因を業界水準まで整えることです。これは「やる気を生む」ための施策ではなく、「不満を取り除いて辞めさせない」ための必要条件です。
公的データが示す「離職理由の正体」
実際、社員が辞める原因の大半は、衛生要因の不足にあります。厚生労働省の雇用動向調査を見ると、転職者が前職を辞めた主な理由は、給料・労働条件・人間関係といった衛生要因の不足に集中しています。

令和6年(2024年)の調査では、男性の離職理由トップは「給料等収入が少なかった」(10.1%)、女性は「労働時間・休日等の労働条件が悪かった」(12.8%)。前年(令和5年)では女性で「職場の人間関係が好ましくなかった」が13.0%と最多でした。
これらの理由はすべて、後述するハーズバーグの言う衛生要因に該当します。つまり、社員が辞める直接の引き金は、衛生要因の不足であるということが、公的データレベルで明確に示されているわけです。
だから、まず衛生要因の棚卸しから始める
経営者がやるべき最初の作業は、自社の衛生要因が業界水準を下回っていないか棚卸しすることです。
- 給料は業界平均並み以上か(同業同規模との比較)
- 残業時間は社員の生活を圧迫していないか
- 休日や有給は実際に取得できる空気があるか
- 上司・同僚との関係に深刻なハラスメントは潜んでいないか
ここが「マイナス」だと、何をやっても社員は辞めていきます。まず衛生要因をゼロライン(業界平均)に戻すこと。これが大前提です。
ただし注意すべきは、衛生要因を整えても、それは「離職を防ぐ」効果はあっても、「社員のやる気を引き出す」「業績を伸ばす」効果はないということです。ここから先のステージ2で、動機づけ要因の話に入ります。
ステージ2|「動機づけ要因」が業績を伸ばす
ここからが本記事の核心、ハーズバーグの二要因理論です。
1959年、アメリカの心理学者フレデリック・ハーズバーグは、米国ピッツバーグ地区のエンジニアと会計士203名を対象に、「仕事で満足したのはどんなときか/不満を感じたのはどんなときか」を聞き取り調査しました("The Motivation to Work" 1959年刊)。
その結果、驚くべき発見がありました。
「満足の原因」と「不満の原因」は、同じ要因の表裏ではなく、まったく別物だった。
これが二要因理論の核心です。

ポイントは、上下が同じ軸ではない、ということです。
衛生要因をいくら充実させても、不満が「ゼロ」になるだけで、満足には直結しない。逆に、動機づけ要因を欠いたまま給料だけ上げても、社員のやる気は上がらない。
衛生要因とは|給料はここに入る
衛生要因(Hygiene Factors)とは、不足すると不満を生むが、充実させても満足には繋がらない要素のことです。
具体的には次のようなものが該当します。
- 給料・賞与
- 労働条件(残業時間、休日、職場環境)
- 福利厚生
- 会社の方針や制度
- 上司や同僚との人間関係
- 雇用の安定性
注目すべきは、ここに給料が入っていることです。
ハーズバーグの調査では、「給料が低い」ことは強い不満の原因になりますが、「給料が高い」ことは持続的な満足やモチベーションには繋がらないという結果が出ました。
これは私たちの実感とも合います。 給料が業界平均より大きく低ければ、社員は転職を考えます。これは衛生要因の不足です。 ところが業界平均並みに引き上げても、それで「この会社で頑張ろう」とは必ずしもならない。 さらに業界平均以上に引き上げても、半年もすればその水準が「当たり前」になり、満足は消えてしまう。
つまり、給料アップは「マイナスをゼロに戻す」効果はあっても、「ゼロをプラスに変える」力はないということです。
動機づけ要因とは|やる気を生む4つの要素
では、社員のやる気を本当に生み出すものは何か。
ハーズバーグが特定した動機づけ要因(Motivators)は、次の4つです。
-
達成(Achievement) 自分の仕事を成し遂げた、という実感。困難な目標をクリアしたときの手応え。
-
承認(Recognition) 自分の仕事や成果を、上司・同僚・顧客に認められること。「見られている」「評価されている」という実感。
-
仕事自体(Work itself) 仕事の内容そのものが面白い、意味がある、自分のスキルを活かせると感じられること。
-
責任(Responsibility) 自分で考え、自分で判断し、自分で動かしている、という主体的な手応え。
注目していただきたいのは、この4つに「お金」が一切入っていないことです。
人を本当に動かすのは、達成感・承認・仕事自体の面白さ・責任感である。これがハーズバーグの大発見です。
わかりやすく言うと「不満ゼロ」と「やる気MAX」は別の話
二要因理論を一言で言い換えると、こうなります。
「不満を解消すること」と「やる気を生み出すこと」は、別々の作業である。
給料アップ・労働条件改善は前者の作業。 仕事の任せ方・評価制度・キャリアの設計は後者の作業。
両方やらなければ、社員は定着しない。 そして多くの中小企業は、前者だけをやって、後者を「やった気」になっています。
ただし、給料が「動機づけ要因」になる場合もある
ここで一つ、実務上の重要な注意点を補足しておきます。
「給料は衛生要因だ」と言い切ると、現場の感覚とズレる場面が出てきます。 実は、給料が支給される文脈によっては、給料は実質的に動機づけ要因として機能しうるからです。
たとえば次のようなケースです。
- 大きなプロジェクトを成功させた社員に特別賞与が出る → これは「達成」と「承認」の象徴になる
- 昇進と紐づいた昇給 → これは「責任」の動機づけになる
- 全社員の前で表彰しながらの金一封 → これは強烈な「承認」の機会になる
つまり、お金そのものではなく、お金がどんな文脈で渡されるかが重要なのです。
ベースの月給を5万円上げても、そこに承認・達成・責任の意味が乗っていなければ、半年で「当たり前」になってしまう。 逆に、額は小さくても「あなたの〇〇という行動を評価して、社長から手渡しで」という形なら、強烈な動機づけになりうる。

ここが、二要因理論のもっとも実務的に重要なポイントです。
給料は、それ単体では衛生要因。 しかし「承認・達成・責任の機会」と紐づければ、動機づけ要因にもなる。
賞与制度・評価制度・昇給の運用設計が経営の勝負どころになる、という話です。
動機づけ要因と業績の関係は、学術研究でも示唆されている
「動機づけ要因が高まれば業績が伸びる」という関係は、近年の経営学の研究でも繰り返し指摘されています。たとえば、サービス・プロフィット・チェーンの枠組みを応用し、従業員のウェル・ビーイングや動機づけ要因が、ワーク・エンゲージメント(仕事への熱意・没頭・活力)を経由して、最終的に業績やイノベーションの土壌につながる構造を示した研究があります(※1)。
また、フランチャイズ店長を対象に動機づけと業績の関係を実証分析した研究では、内発的動機づけが業績にプラス効果を持つことが報告されています(※2)。職務の性質に応じたインセンティブ設計を分析した先行研究でも、内発的動機づけが高い職務では金銭的な業績給だけでは効果が限定的であり、達成感や承認といった動機づけ要因の整備が重要であることが示されています(※3)。
つまり、衛生要因を整えただけでは「不満ゼロ」にとどまり、業績を伸ばすには動機づけ要因の整備が不可欠だということが、複数の学術研究でも裏付けられているのです。
事例|動機づけ要因の制度化で業績を伸ばした阿智精機
理論だけではイメージしづらいので、実際の中小企業の事例で「動機づけ要因→業績向上」の流れを見てみましょう。
中小企業庁が2023年に公表した「中小企業・小規模事業者の人材活用事例集」に、長野県阿智村の株式会社阿智精機(現ZESTIA株式会社)の事例が掲載されています。
同社は医療機器・食品装置などの製造を手掛ける従業員45名のメーカーで、部品製造から機械の組み立てまで一貫して受注する体制への業態転換を進めていました。ところが、業態転換に伴う負荷の中で、「評価と給与が連動していない」「自分が何をどう評価されているかわからない」という不満が社内に蓄積していました。
ここで多くの経営者は、給与テーブル自体の見直しに走りがちです。 しかし阿智精機が取り組んだのは別のアプローチでした。
- 技能育成シートを作成し、各従業員が伸ばすべき技術項目を明確化
- スキルマップシートで全従業員の技能水準を可視化
- 月1回の技術会議で従業員の技術と人間性を多面的に確認
- 得意・不得意に合わせた適材適所の人員配置
これを二要因理論で読み解くと、こうなります。
| 取り組み | 二要因理論での位置づけ |
|---|---|
| 技能育成シートで目標を明確化 | 達成(動機づけ要因)の制度化 |
| 月1回の技術会議でフィードバック | 承認(動機づけ要因)の仕組み化 |
| 適材適所の人員配置 | 仕事自体(動機づけ要因)の質向上 |
| スキルマップで責任範囲を明示 | 責任(動機づけ要因)の見える化 |
つまり阿智精機は、給与テーブルではなく動機づけ要因の4つすべてを制度化したのです。
結果:士気向上と業績アップの両立
この取り組みの結果は、明確な業績指標として現れました。毎月の目標が明確になったことで従業員が意欲的に取り組むようになり、自社への愛着と現場の士気が向上。さらに主軸稼働率も2019年の26%から2022年に大幅向上しました。
社員が本当に求めていたのは「給料の額」ではなく、「自分の成長を見てくれているか」「適切に評価されているか」という、動機づけ要因の充足だった。ここに気づき、給与テーブルではなく動機づけ要因の制度化に投資した結果、社員の士気と会社の業績が同時に伸びたのが、この事例の本質です。
経営者がやるべき3ステップ|順序が成果を決める
理論と事例を踏まえて、明日から中小企業の経営者・店長クラスが取り組める実践ステップを整理します。重要なのは順序です。ステージ1(衛生要因)を飛ばしてステージ2(動機づけ要因)に手を出しても、効果は出ません。

ステップ1|衛生要因が「マイナス」になっていないか棚卸しする
ステージ1の作業です。まず確認すべきは、衛生要因が業界水準を下回っていないか、です。
- 給料は業界平均並み以上か(同業同規模との比較)
- 残業時間は社員の生活を圧迫していないか
- 休日や有給は実際に取得できる空気があるか
- 上司・同僚との関係に深刻なハラスメントは潜んでいないか
ここが「マイナス」だと、社員は次々辞めていきます。 まず衛生要因をゼロライン(業界平均)に戻すこと。これが離職を防ぐ必要条件です。
ステップ2|「達成」と「承認」を制度に組み込む
ここからステージ2です。衛生要因がクリアできたら、次は動機づけ要因の制度化です。
最も着手しやすいのは「達成」と「承認」の仕組み化です。
- 月次・四半期で、社員ごとに具体的で実行可能な目標を設定する
- 目標達成時に、上司から言葉で承認する場を必ず作る
- 「良かった点」を全社員が見える形で共有する(朝礼、社内チャット、月報など)
阿智精機の月1回技術会議は、これを徹底した好例です。
そして前述したとおり、賞与や昇給を「承認・達成の機会」とリンクさせることもこのステップに含まれます。 ベースの給料アップではなく、「あなたの〇〇という成果に対して」という文脈を必ず添えて支給する。 同じ金額でも、伝え方ひとつで衛生要因にも動機づけ要因にもなりうる、ということを覚えておいてください。
ステップ3|「仕事自体」と「責任」を任せきる
最後に、最も難易度が高いのが「仕事自体の質」と「責任」の動機づけです。
- 単純作業の繰り返しになっていないか、職務を拡大する余地はないか
- 部下に「最終判断」まで任せているか、それとも上司が握ったままか
- 失敗を許容し、再挑戦を促す文化があるか
ここを変えるには経営者自身の「手放し」が必要です。 権限を渡せば渡すほど、社員は責任を引き受け、その責任が動機づけ要因になる。逆説的ですが、握り続けるほどやる気は失われるということです。
まとめ|二段構えで社員定着と業績アップを両立させる
- 社員が辞める原因の大半は衛生要因の不足。厚労省データでも、離職理由のトップは給料・労働条件・人間関係といったすべて衛生要因に該当する項目。だからステージ1:衛生要因を業界水準まで整えることが、離職を防ぐ大前提となる。
- ただし、衛生要因を整えただけでは「不満ゼロ」止まり。社員のやる気は生まれず、業績も伸びない。これがハーズバーグの二要因理論の発見。
- 業績を伸ばすには、ステージ2:動機づけ要因(達成・承認・仕事自体・責任)の制度化が必要。学術研究でも、内発的動機づけと業績の正の相関は繰り返し示唆されている。
- 給料は支給される文脈次第で動機づけ要因にもなる。承認・達成・責任の機会と紐づけて支給すれば、お金は強い動機づけになる。逆にベース給だけ上げても半年で「当たり前」になる。
- 阿智精機の事例が示すのは、評価制度・育成・適材適所という動機づけ要因の制度化が、社員の士気と業績(主軸稼働率の大幅向上)を同時に動かすということ。
- 経営者がやるべきは、①衛生要因をゼロに戻す、②達成と承認を制度化する(賞与・昇給の文脈設計を含む)、③仕事自体と責任を任せきる、の3ステップ。順序が成果を決めます。
人は給料だけで働いているのではありません。 その会社で、自分がどう見られ、どう育ち、何に貢献できるのか。 そこに納得できたとき、人は本当の意味で動き出します。
給料・労働条件は、その動き出しを支える「土台」にすぎないのです。
次回予告
第2回は、「人はお金で動く」という前提を最初に覆した有名な実験 ── ホーソン実験を取り上げます。本記事の出発点となった「経営学の出発点はテイラーの科学的管理法」という流れと、その限界を実証した1920〜30年代の研究、そこから生まれた「公式組織」と「非公式組織」という考え方が、現代の中小企業の組織づくりにどう活かせるのかをわかりやすく解説します。
→ 第2回「『人間は機械じゃない』── ホーソン実験が中小企業に教えてくれること」(公開予定)
参考文献・出典
公的データ
- 中小企業庁「中小企業・小規模事業者の人材活用事例集」(2023年6月)
- 厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」(転職入職者の前職離職理由)
- 厚生労働省「令和5年 雇用動向調査結果の概況」
学術論文
- ※1 梅村 彰(2019)「ウェルビーイング・企業業績・リーダーシップについての考察 ── ウェルビーイングを企業の持続的発展の基盤とするために」『生産管理』26巻1号, pp.61-66, 日本生産管理学会
- ※2 小本 恵照(2011)「フランチャイズ・システムにおける店長の動機づけの役割」『三田商学研究』53巻6号, pp.1-25, 慶應義塾大学商学会
- ※3 松村 良平・中野 文平・猪原 健弘・高橋 真吾(1998)「職務の性質に応じたインセンティブ・システムの設計方法についての分析」『経営情報学会誌』7巻3号, pp.65-78