岐阜県の輪之内町に、報告・連絡・相談を禁止している会社があります。上司が部下に一方的に命令することも禁止。社員が提案を出せば、採用されようがされまいが1件500円が支払われます。休みは有給休暇を含めれば年180日規模。
ここまで聞けば、「そんな会社が回るはずがない」と思うのが普通の感覚でしょう。ところがこの会社は、1965年の創業以来一度も赤字に転落していません。高い利益率を保ち続け、全国の経営者が見学に殺到する有名企業になりました。
なぜ、この常識外れの経営が成り立つのか。本記事では、この謎を経営学の理論で解いていきます。
この記事の3つのポイント
- 中小企業の離職や意欲低下の原因は、社員の資質ではなく「仕事の構造」にある
- 単調・受動的な仕事は人を「未成熟(子ども扱い)」に逆戻りさせる(アージリス)
- 経営者の本当の仕事は「やる気が出る仕事」を設計すること
謎解きの主役は、ハーバード大学の研究者クリス・アージリスです。「人はウイスキー・ハイボールのようなものだ」 と、アージリスは言いました。経営とは何の関係もなさそうなこの比喩が、冒頭の会社の秘密を解く手がかりになります。意味は本文の中ほどで明かしますので、頭の片隅に置いて読み進めてください。
なぜ「うちの社員はやる気がない」と感じてしまうのか
- 「うちの若手は、言われたことしかやらない」
- 「ベテランも『そんなのできるわけない』と最初から拒絶してくる」
- 「面接ではあれほど自分の考えを語っていたのに、入社して1年もすると『どうしましょうか』としか聞いてこなくなった」
組織開発の現場では、こうした言葉に何度も出会います。そして話はたいてい、「最近の若い人は」「人材の質が落ちた」と、社員の側の問題へ流れていきます。もしその原因が、社員ではなく仕事そのものの設計の仕方にあるとしたら、どうでしょうか。
経営学の世界では1950〜60年代から、この問いに正面から取り組んだ研究が積み重なってきました。今回紹介する アージリスの未成熟成熟モデル、マグレガーのX理論/Y理論、ハーズバーグの職務充実 は、いずれも「人ではなく仕事の構造を直すことで、組織は変わる」という発見をもたらしています。
第2回 では、ハーズバーグの二要因理論で「衛生要因と動機づけ要因」を、そして職務拡大と職務充実の違いまで扱いました。第3回はそこから一歩進み、その動機づけ要因を「仕事の構造」としてどう作り直すかを、アージリスとマグレガーの理論から掘り下げます。
結論|問題は「やる気のない社員」ではなく
「やる気を奪う仕事の構造」

謎解きに入る前に、この記事の行き先だけ示しておきます。
離職や意欲低下の原因は、社員個人の資質ではなく、仕事の構造にある。
① 単調・受動的・短期目線の仕事を与えれば、人は子ども扱い(未成熟)に逆戻りし、辞めるか抜け殻になる。
② 多様・自律的・長期目線の仕事を任せれば、人は大人(成熟)として能力を発揮しはじめる。
③ 経営者がやるべきは「やる気を出せ」と発破をかけることではなく、「やる気が出る仕事」を設計すること。
経営者の本当の仕事は、社員の精神論をいじることではなく、仕事の幅・責任・参加機会の3つを設計し直すことです。これがアージリスの「職務拡大」、ハーズバーグの「職務充実」、山田昭男(未来工業)の「常に考える」に通底する原則です。
それでは、冒頭の「常識外れの会社」の正体から見ていきましょう。
ケース|未来工業「常に考える」経営:報酬を先に渡す

冒頭の会社の名は、未来工業株式会社。住宅の壁スイッチの裏に取り付ける「配線ボックス(スイッチボックス)」で国内シェア7〜8割を握る、従業員約800名のニッチトップ企業です。地味なローテク部品ながら、徹底した差別化で確固たる地位を築いてきました(※2)。
創業者の故・山田昭男氏は、社員の人生に対する考え方が常識から大きくズレた経営者として知られていました。社是は「常に考える」のひと言。これを徹底するために、山田氏は他社が真似できないほどユニークな仕組みを次々と導入しました(※3)。
- ホウレンソウ(報告・連絡・相談)禁止。「現場のことは現場が一番よく知っている」として、営業方針も価格判断も本人に任せる
- 上司の一方的な業務命令を禁止。部下のやる気を損なうため、命令ではなく合理的な説明と本人の納得を求める
- 提案制度は採用の可否を問わず1件500円(優秀な提案には最大3万円)。中身の優劣ではなく「考えて出した」事実を評価し、提案は年1万件を超える
- 営業ノルマ禁止。原則残業ゼロ、年間休日約140日(有給を含めると年180日規模)、70歳定年
- 給料は地方の中小企業としては高い水準(平均年収643万円。衛生要因をしっかり整える)
ただの「ゆるい会社」に見えるかもしれません。それでいて冒頭で触れたとおり創業以来赤字はなく、売上高経常利益率は平均で十数%という高水準を維持 しています(※4)。山田氏の著書『日本一社員がしあわせな会社の変な決まり』はベストセラーになり、全国の経営者が同社の見学に殺到しました。
山田氏の発想の核心|成果が先か、報酬が先か
未来工業のマネジメントを一言で表すと、これに尽きます。
普通の会社は「成果を出したら報酬を与える」。 未来工業は「先に報酬と裁量を渡して、成果を出してもらう」。
これは 第2回 で見たハーズバーグの二要因理論に照らすと一貫しています。給料・労働条件・休暇という衛生要因を業界水準以上に先に整え、不満をゼロにする。そのうえで、動機づけ要因(達成・承認・仕事自体・責任)に火をつける仕組み、すなわち「常に考える」「自分で決める」「提案したら必ず500円」を制度として組み込む。第2回で扱った阿智精機(長野県)が「動機づけ要因の制度化」で業績を伸ばしたのと同じ構造を、もっと極端な形で実装したのが未来工業です。
ここで、冒頭の謎に答えを出しておきましょう。常識外れの経営が成り立つカギは、社員の根性でも人材の質でもなく、仕事の構造 にあります。考えること・決めることが仕事の中に最初から組み込まれているから、命令やホウレンソウがなくても会社が回る。では、なぜ仕事の構造を変えると、人の働き方まで変わるのか。それを理論として説明したのが、冒頭で名前を挙げたクリス・アージリスです。
アージリスの未成熟成熟モデル|
なぜ大人の社員が「子どもの働き方」に戻るのか
大人として入社した社員が、半年で「子どものような働き方」になる理由
クリス・アージリス(1923–2013)はハーバード大学の組織研究者で、後に組織学習論(シングルループ学習・ダブルループ学習)で世界的に有名になる人物です。本記事で取り上げるのは、その初期の代表作『組織とパーソナリティ』(1957年)の議論です。
アージリスは、企業組織の中で働く人間のパーソナリティを観察し、衝撃的な指摘をしました。
多くの企業は、大人として入社してきた人材を、組織の構造によって徐々に「未成熟(子ども)」へと押し戻している。
人間は本来、成長するにつれて以下の7つの方向に発達していく存在だとアージリスは言います。
| 軸 | 未成熟(子ども) | 成熟(大人) |
|---|---|---|
| ① 行動 | 受動的 | 能動的 |
| ② 自立性 | 依存状態 | 相対的自立 |
| ③ 行動様式 | 少数 | 多様 |
| ④ 関心 | 移り気で浅い | 複雑で深い |
| ⑤ 時間軸 | 短期的見通し | 長期的見通し |
| ⑥ 地位 | 従属的 | 同等または優越的 |
| ⑦ 自己統制 | 自覚の欠如 | 自覚と自己統制 |
ところが、現実の多くの企業(特に分業を細かくしすぎた現場)では、社員に与えられている仕事は、受動的・依存的・少数の行動様式・浅い関心・短期目線・従属的・自己統制不要。すべて未成熟側の特徴を強化するものになっています。

「言われたことをやれ」
「考えるな、決まった手順で動け」
「自分で判断するな、上司に確認しろ」
このメッセージを毎日浴び続ければ、入社時には大人だった人材も、半年・1年と経つうちに「子どものような働き方」へ逆戻りしていきます。これがアージリスの言う 組織とパーソナリティの衝突 です。
ハイボールの比喩|パーソナリティは要素に分解できない
冒頭で予告した比喩を、ここで回収します。アージリスは人のパーソナリティを「ハイボール」に例えました。グラスの中に氷を入れ、ウイスキーを注ぎ、ソーダ水で割って混ぜる。できあがった1杯は、もはや氷でもウイスキーでもソーダ水でもなく、1杯のハイボールです。混ぜたあとで「ウイスキーだけ取り出してください」と言われても不可能です。
人間のパーソナリティも同じです。能動性・自立性・多様性・深い関心・長期目線・自己統制。これらは個別に切り出せる要素ではなく、一体となって一人の大人を作っている もの。だからこそ、組織が一つでも未成熟側の刺激を与え続ければ、ハイボール全体が薄まり、別のものに変質してしまいます。
入社したばかりのころは会議で真っ先に手を挙げていた社員が、気づけば上司の指示を待つだけになっていた。中小企業の現場でこうした変化に出会うたび、原因を本人の怠慢に求めたくなりますが、実際に起きているのは、組織の構造がその人のハイボールを薄めていく過程です。「やる気を出せ」と声をかけるのは、薄まった1杯に氷だけ足すようなもので、中身は元に戻りません。
アージリスの処方箋|仕事を「任せる」
ではどうすればいいのか。アージリスが挙げた処方箋は、職務拡大(仕事の幅を広げる) と 参加的リーダーシップ(職務内容の決定に本人を参加させる) の2つでした。ただし現代では、横に仕事を広げる「拡大」だけでは動機づけの効果は弱く、本丸は後述の職務充実(仕事の質・深さを高める)だというのが通説です。
実務上のポイントは1つ。「君の仕事はこれだけだ」と狭く区切らず、判断まで含めて本人に任せることです。中小企業は分業が細かくない分、経営者の意思決定ひとつで「あなたに任せる」を実装できる有利さがあります。大企業でも、部門やチーム単位で見れば、この仕事設計の原則は同じように機能します。問題は、その意思決定をするかどうかだけです。
マグレガーのX理論/Y理論|
経営者の人間観は業績の天井をどう決めるか

同じ業界で、なぜ業績の良い会社と停滞する会社が分かれるのか
アージリスとほぼ同時期、もう一人のハーバードの研究者 ダグラス・マグレガー(1906–1964)は、ニューヨークでさまざまな企業の観察調査を行いました。すると、業績の良い組織と停滞する組織で、リーダーの人間観がはっきり分かれていました。マグレガーはこれを X理論/Y理論 と名付けます(『企業の人間的側面』1960年)。
| 区分 | X理論型リーダーの前提 | Y理論型リーダーの前提 |
|---|---|---|
| 仕事観 | 人は本来、仕事が嫌い | 仕事は遊びや休暇と同じく自然なもの |
| 統制 | 強制・命令・処罰がないと働かない | 自分で身を委ねた目標には自ら働く |
| 責任 | 命令される方を好み、責任を回避 | 条件次第で自ら責任を取りに行く |
| 創造性 | 一部の優秀な人だけのもの | ほとんどの人に備わっている |
| 動機 | 安全欲求が中心 | 自我欲求・自己実現欲求が中心 |
マグレガーの観察結果は明快でした。業績が高いのは、ほぼ例外なくY理論型のリーダーが率いる組織 だったのです。X理論はテイラーの科学的管理法(第1回参照)の延長線上にあり、Y理論はアージリスの「成熟モデル」やマズローの自己実現欲求と地続きの人間観です。
「思い込みサイクル」という落とし穴
マグレガーはもう一つ、重要な指摘をしています。それが 思い込みサイクル(自己成就予言)です。
X理論を信じる経営者のもとでは、社員は実際にX理論的に振る舞いはじめる。すると経営者は「やはりX理論は正しかった」と確信を強め、ますます強制と命令に頼るようになる。
「うちの社員は管理しないとサボる」と信じて細かく統制すれば、社員は「信頼されていない」と感じて最低限の仕事しかしなくなり、経営者は「ほら、やはり管理が必要だ」と確信を深める。逆に、「条件さえ整えば自分から責任を取りに来てくれる」と信じて任せれば、社員は期待に応えて成長し、経営者はさらに権限を渡していく。同じ社員を前にしても、経営者の人間観しだいで、サイクルは負にも正にも回り出す のです。
これは単なる精神論ではありません。組織における暗黙のルールとして固定化されると、抜け出すのが極めて難しくなります。X理論型のマネジメントが組織文化になってしまえば、いくら個々の社員の意識を変えようと研修しても、文化の引力で元に戻ってしまうわけです。
この「管理を強めるほど逆効果になる」構造は、現代の経営学でも裏づけられています。太田肇氏(同志社大学)は、不祥事のたびの「管理強化」が裏目に出る「管理のパラドックス」を指摘し、過剰な管理は社員の責任感・自律性・判断力を下げ、当事者意識を失わせると論じます。さらに、社員の「職務的自尊心」(仕事のやりがい・納得感・承認)が高いほど不正や逸脱が減るという調査結果も示しています(※5)。X理論的な締めつけは、短期的には統制できても、長期的には組織を蝕みます。
職務充実とは何か|
仕事を「増やす」のではなく「深める」
アージリスの「拡大」を超えた、ハーズバーグの「充実」
第2回で詳しく見たとおり、人を動機づける要因は 達成・承認・仕事自体・責任 の4つで、給料はここに入りません。衛生要因(給料・労働条件)と動機づけ要因はトレードオフではなく別チャネルで、給料を改善しても消えるのは「不満」だけです(くわしくは 第2回)。
本記事で押さえたいのは、その先の一点です。アージリスの処方箋 職務拡大(job enlargement)=仕事の幅を広げる から、ハーズバーグの 職務充実(job enrichment)=仕事の質・深さ(達成・承認・責任)を高める への発展です。中小企業が手をつけるべき本丸は「拡大」ではなく、こちらの「充実」のほうです。

現場では、人が辞めて回らなくなった結果、残った人に仕事だけが積み上がっていく場面によく出会います。これは量だけ増やす「職務拡大の劣化版」で、質が伴わないため、むしろモチベーションを下げます。正解は、増えた仕事を「丸ごと任せる」形に再設計し、達成・承認・責任の実感を高めることです。
中小企業の現場での具体的な落とし込み
たとえば営業現場では、次の違いです。
- 避けたい指示:既存ルートの新規顧客を回って契約を取ってきて。条件は本社が決める
- 望ましい指示:既存ルートの新規顧客は、価格・納期・条件まで含めてあなたの判断で進めて。月末に結果を共有しよう
製造現場でも同じです。
- 避けたい指示:工程Bのこの作業をマニュアル通りに正確にやって
- 望ましい指示:工程Bは丸ごと君に任せる。改善提案も歓迎する。良い案は採用して報奨金も出す
未来工業の「常に考える」と提案制度1件500円という仕組みは、まさにこの職務充実を制度化したものです。提案の中身の優劣ではなく 「自分で考えて提案した」という事実 に報酬を与える。スイッチボックスというローテクの単純作業の現場であっても、「考えてみろ・声に出してみろ・出したら必ず反応がある」という構造を組み込めば、社員は達成・承認・責任を実感し、パーソナリティは成熟側へ動き出します。アージリスが理論で示したことを、山田氏は現場で実証していたわけです。
ハーズバーグの動機づけ要因は、対人サービス職を含むさまざまな現場で繰り返し検証されています。たとえば障害者施設職員を対象とした調査研究では、職務環境(衛生要因)が悪いと仕事への不満が生じやすく、肯定的仕事観(動機づけ要因に近い概念)を強く持つ職員ほど仕事への満足や熱中が高いという、ハーズバーグの枠組みと整合的な結果が報告されています(※1)。動機づけ要因は机上の理論ではなく、現場の人が何で動くかを説明する実務の道具です。
まとめ|離職と意欲低下は「仕事の構造」が原因
最後にもう一度、本記事の核心を確認します。
- 中小企業の離職や意欲低下は、社員個人の資質ではなく 仕事の構造 が原因
- 未来工業の「常に考える」は、衛生要因を整えたうえで動機づけ要因に火をつける仕組みを徹底した実例
- アージリスの未成熟成熟モデルは、単調な仕事が大人を子どもに戻す危険を示す
- マグレガーのX理論/Y理論は、経営者の人間観が思い込みサイクルを回すことを示す
- ハーズバーグの職務充実は、仕事の量ではなく質を高めることの重要性を示す
- 中小企業の経営者がやるべきは、権限を渡す・参加機会を作る・仕事を充実させる の3点
経営者・人事担当者は何から始めればよいか|組織の3ステップ
ここまでの理論と事例を踏まえて、経営者・人事担当者が明日から着手できる3ステップを整理します。

ステップ1|経営者自身のX理論/Y理論を点検する
まず一番大切なのは、経営者自身の人間観です。今週、あなたが社員に発した言葉を思い返してみてください。
- 「言われたことをちゃんとやれ」
- 「俺が言わないと動かない」
- 「ちゃんと管理しないとサボる」
こうした言葉が口をついて出ているなら、X理論の前提に立っています。思い込みサイクルが回っている可能性が高い。逆に、次のような言葉が増えているでしょうか。
- 「あなたはどうしたいと思う?」
- 「君に任せるから、結果は教えて」
- 「失敗してもいいから、まずやってみよう」
こちらが増えてくれば、Y理論の前提に切り替わってきています。経営者の口癖が、組織の天井を決めます。
ステップ2|既存業務を「拡大」ではなく「充実」する
社員が辞めて欠員が出たとき、残ったメンバーに仕事を「増やす」のではなく、丸ごと任せる単位で再設計してみてください。
| 質問 | 設計の方向 |
|---|---|
| この仕事の範囲は適切か? | 関連業務まで含めて1人に任せられないか? |
| 判断はどこまで本人に委ねているか? | 本人が判断できる範囲を広げられないか? |
| 結果のフィードバックは届いているか? | 達成・承認の実感を増やせないか? |
| 責任の所在は明確か? | 本人が「自分の仕事だ」と言えるか? |
ステップ3|参加機会を「制度」として組み込む
「相談しに来てくれればいい」では、参加は実現しません。中小企業ほど、制度として参加機会を組み込む 必要があります。
- 月1回の改善会議(議題は現場から)
- 提案制度(金額の多寡より、「提案した」という事実に報酬を与える)
- 持ち場のローテーション(業務の俯瞰と関心の深化を促す)
- 経営数値の共有(自分の仕事が会社全体にどう貢献しているかを見せる)
未来工業の「1件500円」のように、額の大小ではなく「考えたこと自体に報酬がある」という構造を作るのがコツです。
FAQ
Q1. 任せる取り組みは、どの部署・どの業務から始めればよいですか?
全部署で一斉に始めるのはおすすめしません。多くの場合は途中で息切れし、「やはりうちには合わなかった」で終わります。最初の1業務は、判断ミスが致命傷にならない・結果が本人に早く見える・裁量の余地が大きい、の3条件で選んでください。営業なら既存顧客への提案条件、製造なら担当工程の段取りや改善などが典型です。1つの部署で「任せたら変わった」という実例を作れば、それが他部署を動かす何よりの説得材料になります。
Q2. 権限を渡したら、現場から「仕事を押しつけられた」と反発が出ました
「任せる」と「丸投げ」の混同が原因であることがほとんどです。何を優先して判断すべきかの基準、迷ったときに相談できる相手、失敗したときの最終責任は経営者が引き受けるという宣言。この3点をセットにせず業務だけ渡すと、現場には責任の押しつけにしか見えません。あわせて、考えて動いたことに必ず反応が返る仕組み(未来工業の1件500円はその好例)を添えると、「押しつけ」は少しずつ「信頼」へ変わっていきます。
Q3. 若手とベテランで、任せ方は変えるべきですか?
変えるべきです。若手には小さな業務を丸ごと任せ、達成の体験を早く積ませる。一方ベテランには、新しい仕事を増やすより、すでに担っている業務の判断権限を明文化して渡し、後輩育成や改善提案など経験が活きる役割を加える方向が刺さります。アージリスの言う「複雑で深い関心」「長期的見通し」は、ベテランがすでに持っている強みだからです。
Q4. 「常に考えろ」と言ってもベテラン層が動きません。どうすればいいですか?
未来工業の山田昭男氏が「常に考える」をスローガン1つで終わらせず、提案制度1件500円の現金支給 という具体的な仕組みに落とし込んだことを思い出してください。スローガンだけでは行動は変わりません。考えたことを表明する場、表明したら何かしら反応がある仕組み、これらを「制度として」組み込むことで、初めて文化が動きはじめます。
Q5. 給料を上げる余裕がないなかで、動機づけ要因に手をつける意味はありますか?
意味があるどころか、給料を上げる余裕がない状況下こそ、動機づけ要因に手をつけるべき です。第2回 で見た通り、衛生要因(給料)は離職を防ぐ要因にしかなりません。業績を伸ばし、社員のやる気を引き出すのは動機づけ要因(達成・承認・仕事自体・責任)であり、これらはお金をかけずに設計できる要素です。衛生要因が業界水準を下回らない範囲を維持しながら、動機づけ要因に時間と工夫を投資する。これが中小企業の最適解です。具体策の一つが、社員に経営判断を疑似体験させる 戦略MG(マネジメントゲーム)研修 です。
次回予告
次回は、ここまでの個人レベルの動機づけ論をさらに一段引き上げ、組織全体のパワーをどう引き出すかという問いに正面から取り組みます。テーマは、1938年に出版されたチェスター・バーナードの『経営者の役割』。近代組織論の出発点となった古典です。
「あなたは『組織』を見たことがありますか?」というやや変な問いから始めて、目に見える「企業」と目に見えない「組織」の違い、組織3要素(共通目的・貢献意欲・コミュニケーション)、そして個人と組織を結びつける交換パラダイムと統合パラダイム。いわば「経営理念もインセンティブになる」という現代パーパス経営の原点を、中小企業の経営者の言葉で読み解いていきます。
次回予告|第4回「経営理念もインセンティブになる|バーナードの組織3要素と中小企業のビジョナリー経営」
連載は第4回以降も、現代経営学の主要論点(経営戦略論・組織文化論・組織学習論・ステークホルダーマネジメントなど)を中小企業の現場目線で取り上げていきます。
参考文献・出典
※1 中山 慎吾(2021)「障害者施設職員における肯定的仕事観及び職務環境と仕事への満足度・熱中度との関連性──ハーズバーグの二要因説等を踏まえた検討」『福祉健康科学』1巻, pp.3-18(大分大学学術情報リポジトリで全文公開)
※2 越智 小夏「株価2倍の未来工業、マネー呼ぶ『日本一ホワイト企業』」『日経速報ニュースアーカイブ』2023年12月27日(配線ボックスの国内シェア7〜8割・年180日休日・平均年収643万円の出典)
※3 「社員を日本一幸せに(2)未来工業創業者 山田昭男さん」『日本経済新聞』夕刊「人間発見」2013年2月13日/「社員の改善提案、効率の源 ── 電設資材の未来工業、脱・長時間労働で成長」『日経産業新聞』2014年12月15日19面(ホウレンソウ不要・上司の一方的命令の禁止・提案制度1件500円〜最大3万円/年1万件超の出典)
※4 「常に考える(4)未来工業社長 山田昭男氏 ── 先手必勝へ提案制」『日経産業新聞』1996年5月23日25面/「未来工業、可とう電線管業界シェア2位」『日本経済新聞』朝刊 1991年10月19日(提案制度の起源・創業以来赤字なし・電線管シェアの出典)
※5 太田 肇(2017)「日本型組織と不祥事──『管理強化』がなぜ裏目に出るのか──」『經營學論集』87巻(日本経営学会・J-STAGEで全文公開/「管理のパラドックス」と職務的自尊心の出典)
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