普通の会社は「成果を出したら報酬を払う」。ところが 1965年の創業以来、一度も赤字に転落していないある中小企業 は、逆をやっています。先に報酬と裁量を渡し、提案は採用されようがされまいが1件500円を払う──それでも高い利益を出し続けている会社が、実在します。
なぜ、その「逆」が成り立つのか。カギは社員の根性でも人材の質でもなく、仕事の構造 にあります。
「うちの社員はやる気がない」と嘆く前に
- 「うちの若手は、言われたことしかやらない」
- 「ベテランも『そんなのできるわけない』と最初から拒絶してくる」
- 「採用した時はやる気があったのに、半年も経つと目が死んでくる」
中小企業の経営者からよく聞く悩みです。中小企業の離職率が高い、社員の意欲が湧かない、部下が指示待ちでしか動かない──こうした問題に直面したとき、多くの経営者は「最近の若い人は」「人材の質が悪くなった」と社員の側に原因を求めがちです。しかし、もしその原因が 社員ではなく、仕事そのものの設計の仕方 にあったとしたら、どうでしょうか。
実際、経営学の世界では1950〜60年代から、この問いに正面から取り組んだ研究が積み重なってきました。今回紹介する アージリスの未成熟成熟モデル・マグレガーのX理論/Y理論・ハーズバーグの職務充実 は、いずれも「人ではなく仕事の構造を直すことで、組織は劇的に変わる」という発見をもたらしました。
第2回 では、ハーズバーグの二要因理論で「衛生要因と動機づけ要因」を、そして職務拡大と職務充実の違いまで扱いました。第3回はそこから一歩進み、その動機づけ要因を“仕事の構造”としてどう作り直すか を、アージリスの未成熟成熟モデルとマグレガーのX理論/Y理論から掘り下げます。ここに、中小企業の人材定着と業績向上のカギがあります。
結論|問題は「やる気のない社員」ではなく
「やる気を奪う仕事の構造」
本記事の結論を先にお伝えします。
離職や意欲低下の原因は、社員個人の資質ではなく、仕事の構造にある。
① 単調・受動的・短期目線の仕事を与えれば、人は子ども扱い(未成熟)に逆戻りし、辞めるか抜け殻になる。
② 多様・自律的・長期目線の仕事を任せれば、人は大人(成熟)として能力を発揮しはじめる。
③ 経営者がやるべきは「やる気を出せ」と発破をかけることではなく、「やる気が出る仕事」を設計すること。
つまり経営者の本当の仕事は、社員の精神論をいじることではなく、仕事の幅・責任・参加機会の3つを設計し直すこと です。これがアージリスの「職務拡大」、ハーズバーグの「職務充実」、山田昭男(未来工業)の「常に考える」に通底する原則です。
動機づけ要因(達成・責任・仕事自体)を社員自身に体感させる方法のひとつが、戦略MG(マネジメントゲーム)研修 です。参加者一人ひとりが架空企業の社長となり、仕入・価格・投資をすべて自分で意思決定します。現実のリスクなしに「自分で決め切る」経験を積む場であり、本記事で扱う「職務充実」の体感トレーニングにあたります。

それでは、なぜこの結論にたどり着くのか、まずは極端ながら示唆に富む中小企業の事例から見ていきましょう。
ケース|未来工業「常に考える」経営──報酬を先に渡す
岐阜県輪之内町にある 未来工業株式会社 は、住宅の壁スイッチの裏に取り付ける「配線ボックス(スイッチボックス)」で 国内シェア7〜8割 を握る、従業員約800名のニッチトップ企業です。地味なローテク部品ながら、徹底した差別化で確固たる地位を築いてきました(※2)。
創業者の故・山田昭男氏は、社員の人生に対する考え方が常識から大きくズレた経営者として知られていました。同社の社是は 「常に考える」 のひと言。これを徹底するために、山田氏は他社が真似できないほどユニークな仕組みを次々と導入しました(※3)。
- ホウレンソウ(報告・連絡・相談)禁止。「現場のことは現場が一番よく知っている」として、営業方針も価格判断も本人に任せる
- 上司の一方的な業務命令を禁止。部下のやる気を損なうため、命令ではなく合理的な説明と本人の納得を求める
- 提案制度は採用の可否を問わず1件500円(優秀な提案には最大3万円)。中身の優劣ではなく「考えて出した」事実を評価し、提案は年1万件を超える
- 営業ノルマ禁止。原則残業ゼロ、年間休日約140日(有給を含めると年180日規模)、70歳定年
- 給料は地方の中小企業としては高い水準(平均年収643万円。衛生要因をしっかり整える)
ここまで聞くと、ただの「ゆるい会社」に見えるかもしれません。ところが 1965年の創業以来、一度も赤字に転落したことがなく、平均で十数%という高い売上高経常利益率を維持 しています(※4)。山田氏の著書『日本一社員がしあわせな会社の変な決まり』はベストセラーになり、全国の経営者が同社の見学に殺到しました。
山田氏の発想の核心|成果が先か、報酬が先か
未来工業のマネジメントを一言で表すと、これに尽きます。
普通の会社は「成果を出したら報酬を与える」。 未来工業は「先に報酬と裁量を渡して、成果を出してもらう」。
これは ハーズバーグの二要因理論(第2回参照)に照らすと一貫しています。給料・労働条件・休暇という 衛生要因 を業界水準以上に先に整え、不満をゼロにする。そのうえで、動機づけ要因(達成・承認・仕事自体・責任)に火をつける仕組み──「常に考える」「自分で決める」「提案したら必ず500円」を制度として組み込む。第2回で扱った阿智精機(長野県)が「動機づけ要因の制度化」で業績を伸ばしたのと同じ構造を、もっと極端な形で実装したのが未来工業です。

ではなぜ、こうした「先に渡してから働いてもらう」アプローチが機能するのか。ここから先は経営学の理論で読み解いていきます。鍵を握るのは、ハーバード大学の クリス・アージリス という研究者です。
アージリスの未成熟成熟モデル|
なぜ大人の社員が「子どもの働き方」に戻るのか
大人として入社した社員が、半年で「子どものような働き方」になる理由
クリス・アージリス(1923–2013)はハーバード大学の組織研究者で、後に 組織学習論(シングルループ学習・ダブルループ学習)で世界的に有名になる人物です。本記事で取り上げるのはその初期の代表作 『組織とパーソナリティ』(1957年) の議論です。
アージリスは、企業組織の中で働く人間のパーソナリティを観察し、衝撃的な指摘をしました。
多くの企業は、大人として入社してきた人材を、組織の構造によって徐々に「未成熟(子ども)」へと押し戻している。
人間は本来、成長するにつれて以下の7つの方向に発達していく存在だとアージリスは言います。
| 軸 | 未成熟(子ども) | 成熟(大人) |
|---|---|---|
| ① 行動 | 受動的 | 能動的 |
| ② 自立性 | 依存状態 | 相対的自立 |
| ③ 行動様式 | 少数 | 多様 |
| ④ 関心 | 移り気で浅い | 複雑で深い |
| ⑤ 時間軸 | 短期的見通し | 長期的見通し |
| ⑥ 地位 | 従属的 | 同等または優越的 |
| ⑦ 自己統制 | 自覚の欠如 | 自覚と自己統制 |
ところが、現実の多くの企業(特に分業を細かくしすぎた現場)では、社員に与えられている仕事は 受動的・依存的・少数の行動様式・浅い関心・短期目線・従属的・自己統制不要 ──すべて未成熟側の特徴を強化するものになっています。
「言われたことをやれ」
「考えるな、決まった手順で動け」
「自分で判断するな、上司に確認しろ」
このメッセージを毎日浴び続ければ、入社時には大人だった人材も、半年・1年と経つうちに「子どものような働き方」に逆戻りしていきます。これがアージリスの言う 組織とパーソナリティの衝突 です。
ハイボールの比喩|パーソナリティは要素に分解できない
アージリスは人のパーソナリティを「ハイボール」に例えました。グラスの中に氷を入れ、ウイスキーを注ぎ、ソーダ水で割って混ぜる。そうしてできあがった1杯は、もはや氷でもウイスキーでもソーダ水でもなく、1杯のハイボール です。混ぜたあとで「ウイスキーだけ取り出してください」と言っても不可能です。
人間のパーソナリティも同じです。能動性・自立性・多様性・深い関心・長期目線・自己統制──これらは個別に切り出せる要素ではなく、一体となって一人の大人を作っている もの。だからこそ、組織が一つでも未成熟側の刺激を与え続ければ、ハイボール全体が薄まり、別のものに変質してしまいます。
中小企業の現場で「採用したときはやる気のあった若手が、半年後にはすっかり指示待ちになっている」という現象は、決して本人の怠惰ではありません。組織の構造が、その人のハイボールを薄めているのです。
アージリスの処方箋|仕事を「任せる」
ではどうすればいいのか。アージリスは 職務拡大(仕事の幅を広げる) と 参加的リーダーシップ(職務内容の決定に本人を参加させる) を挙げました。ただし現代では、横に仕事を広げる「拡大」だけでは動機づけの効果は弱く、本丸は次章で扱う 職務充実(仕事の質・深さを高める) だというのが通説です。
実務上のポイントは1つ。「君の仕事はこれだけだ」と狭く区切らず、判断まで含めて本人に任せる ことです。中小企業ほど、これをやりやすい立場にあります。大企業のように細かい分業や規程に縛られていないぶん、経営者の意思決定ひとつで「あなたに任せる」を実装でき、問題はその意思決定をするかどうかだけです。
マグレガーのX理論/Y理論|
経営者の人間観は業績の天井をどう決めるか

同じ業界で、なぜ業績の良い会社と停滞する会社が分かれるのか
アージリスとほぼ同時期、もう一人のハーバードの研究者 ダグラス・マグレガー(1906–1964)は、ニューヨークでさまざまな企業の観察調査を行いました。すると、業績の良い組織と停滞する組織で リーダーの人間観 がはっきり分かれていました。マグレガーはこれを X理論/Y理論 と名付けます(『企業の人間的側面』1960年)。
| 区分 | X理論型リーダーの前提 | Y理論型リーダーの前提 |
|---|---|---|
| 仕事観 | 人は本来、仕事が嫌い | 仕事は遊びや休暇と同じく自然なもの |
| 統制 | 強制・命令・処罰がないと働かない | 自分で身を委ねた目標には自ら働く |
| 責任 | 命令される方を好み、責任を回避 | 条件次第で自ら責任を取りに行く |
| 創造性 | 一部の優秀な人だけのもの | ほとんどの人に備わっている |
| 動機 | 安全欲求が中心 | 自我欲求・自己実現欲求が中心 |
マグレガーの観察結果は明快でした。業績が高いのは、ほぼ例外なくY理論型のリーダーが率いる組織 だったのです。X理論はテイラーの科学的管理法(第1回参照)の延長線上にあり、Y理論はアージリスの「成熟モデル」やマズローの自己実現欲求と地続きの人間観です。
「思い込みサイクル」という落とし穴
ところがマグレガーは、もう一つ重要な指摘をしています。それが 思い込みサイクル(自己成就予言)です。
X理論を信じる経営者のもとでは、社員は実際にX理論的に振る舞いはじめる。すると経営者は「やはりX理論は正しかった」と確信を強め、ますます強制と命令に頼るようになる。
「うちの社員は管理しないとサボる」と信じて細かく統制すれば、社員は「信頼されていない」と感じ、最低限の仕事しかしなくなる。経営者は「ほら、やはり管理が必要だ」と思い込む。負のスパイラルです。
逆に、「うちの社員は条件さえ整えば自分から責任を取りに来てくれる」と信じて任せていけば、社員は期待に応えて成長していく。経営者は「やはり任せて正解だった」と確信を強め、さらに権限を委譲する。正のスパイラル です。
これは単なる精神論ではなく、組織における暗黙のルール(インスティテューション)として制度化されてしまうと、抜け出すのが極めて難しくなります。X理論型のマネジメントが組織文化として固定化されると、いくら個々の社員の意識を変えようと研修しても、文化の引力で元に戻ってしまうわけです。
この「管理を強めるほど逆効果になる」構造は現代の経営学でも裏づけられています。太田肇氏(同志社大学)は、不祥事のたびの「管理強化」が裏目に出る 「管理のパラドックス」 を指摘し、過剰な管理は社員の責任感・自律性・判断力を下げ、当事者意識を失わせると論じます。さらに、社員の 「職務的自尊心」(仕事のやりがい・納得感・承認)が高いほど不正や逸脱が減るという調査結果を示しています(※5)。X理論的な締めつけは短期的には統制できても、長期的には組織を蝕みます。
ハーズバーグの職務充実|
仕事を「増やす」のではなく「深める」
アージリスの「拡大」を超えた、ハーズバーグの「充実」
第2回で詳しく見たとおり、人を動機づける要因は 達成・承認・仕事自体・責任 の4つで、給料はここに入りません。衛生要因(給料・労働条件)と動機づけ要因はトレードオフではなく別チャネルで、給料を改善しても消えるのは「不満」だけです(くわしくは 第2回)。
本記事で押さえたいのは、その先の一点です。アージリスの処方箋 職務拡大(job enlargement)=仕事の幅を広げる から、ハーズバーグの 職務充実(job enrichment)=仕事の質・深さ(達成・承認・責任)を高める への発展です。中小企業が手をつけるべき本丸は「拡大」ではなく、こちらの「充実」のほうです。

中小企業でよく起きる失敗は、「人が辞めて回らないから、残った人に仕事を増やす」というパターンです。これは量だけ増やす 職務拡大の劣化版 で、質が伴わないためむしろモチベーションを下げます。正解は 増えた仕事を「丸ごと任せる」形に再設計し、達成・承認・責任の実感を高めること です。
中小企業の現場での具体的な落とし込み
たとえば営業現場では、次の違いです。
- 避けたい指示:既存ルートの新規顧客を回って契約を取ってきて。条件は本社が決める
- 望ましい指示:既存ルートの新規顧客は、価格・納期・条件まで含めてあなたの判断で進めて。月末に結果を共有しよう
製造現場でも同じです。
- 避けたい指示:工程Bのこの作業をマニュアル通りに正確にやって
- 望ましい指示:工程Bは丸ごと君に任せる。改善提案も歓迎する。良い案は採用して報奨金も出す
未来工業の「常に考える」と 提案制度1件500円 という仕組みは、まさにこの職務充実を制度化したものです。提案の中身の優劣ではなく 「自分で考えて提案した」という事実 に報酬を与える。スイッチボックスというローテクの単純作業の現場であっても、「考えてみろ・声に出してみろ・出したら必ず反応がある」という構造をビルトインすれば、社員は達成・承認・責任を実感し、パーソナリティは成熟側へ動き出します。アージリスが理論で示し、山田氏が現場で実証したことは、本質的に同じです。
ハーズバーグの動機づけ要因は、対人サービス職を含むさまざまな現場で繰り返し検証されています。たとえば障害者施設職員を対象とした調査研究では、職務環境(衛生要因)が悪いと仕事への不満が生じやすく、肯定的仕事観(動機づけ要因に近い概念)を強く持つ職員ほど仕事への満足や熱中が高いという、ハーズバーグの枠組みと整合的な結果が報告されています(※1)。動機づけ要因は机上の理論ではなく、現場の人が何で動くかを説明する実務の道具です。
まとめ|離職と意欲低下は「仕事の構造」が原因
最後にもう一度、本記事の核心を確認します。
- 中小企業の離職や意欲低下は、社員個人の資質ではなく 仕事の構造 が原因
- 未来工業の「常に考える」は、衛生要因を整えたうえで動機づけ要因に火をつける仕組みを徹底した実例
- アージリスの未成熟成熟モデルは、単調な仕事が大人を子どもに戻す危険を示す
- マグレガーのX理論/Y理論は、経営者の人間観が思い込みサイクルを回すことを示す
- ハーズバーグの職務充実は、仕事の量ではなく質を高めることの重要性を示す
- 中小企業の経営者がやるべきは、権限を渡す・参加機会を作る・仕事を充実させる の3点
中小企業の経営者がやるべき3ステップ
ここまでの理論と事例を踏まえて、中小企業の経営者が明日から着手できる3ステップを整理します。

ステップ1|経営者自身のX理論/Y理論を点検する
まず一番大切なのは、経営者自身の人間観 です。今週、あなたが社員に発した言葉を思い返してみてください。
- 「言われたことをちゃんとやれ」
- 「俺が言わないと動かない」
- 「ちゃんと管理しないとサボる」
これらの言葉が口をついて出ているなら、それはX理論の前提に立っています。思い込みサイクルが回っている可能性が高い。逆に、次のような言葉が増えているでしょうか。
- 「あなたはどうしたいと思う?」
- 「君に任せるから、結果は教えて」
- 「失敗してもいいから、まずやってみよう」
こうした言葉が増えてくれば、Y理論の前提に切り替わってきています。経営者の口癖が、組織の天井を決めます。
ステップ2|既存業務を「拡大」ではなく「充実」する
社員が辞めて欠員が出たとき、残ったメンバーに仕事を「増やす」のではなく、丸ごと任せる単位で再設計 してみてください。
| 質問 | 設計の方向 |
|---|---|
| この仕事の範囲は適切か? | 関連業務まで含めて1人に任せられないか? |
| 判断はどこまで本人に委ねているか? | 本人が判断できる範囲を広げられないか? |
| 結果のフィードバックは届いているか? | 達成・承認の実感を増やせないか? |
| 責任の所在は明確か? | 本人が「自分の仕事だ」と言えるか? |
ステップ3|参加機会を「制度」として組み込む
「相談しに来てくれればいい」では、参加は実現しません。中小企業ほど、制度として参加機会を組み込む 必要があります。
- 月1回の改善会議(議題は現場から)
- 提案制度(金額の多寡より、「提案した」という事実に報酬を与える)
- 持ち場のローテーション(業務の俯瞰と関心の深化を促す)
- 経営数値の共有(自分の仕事が会社全体にどう貢献しているかを見せる)
未来工業の「1件500円」のように、額の大小ではなく 「考えたこと自体に報酬がある」という構造 を作るのがコツです。
「自分で考え、自分で決め、その結果を引き受ける」を最も短期間で社員に体感させる仕掛けとして、戦略MG(マネジメントゲーム)研修 も選択肢になります。2日間で6期分、参加者が自分の会社の経営判断をすべて下し切ることで、責任と達成を伴う仕事のリアリティを丸ごと味わえます。
FAQ
Q1. 「うちは中小企業で人材も限られている。社員に権限を渡しても結果が出るとは限らない」と感じます
これはマグレガーの言うX理論の前提に立った典型的な懸念です。重要なのは いきなり全部任せる 必要はないということ。最初は1つの業務、それも判断ミスが致命的にならない範囲から始めれば十分です。「失敗してもいい」という心理的安全性を担保したうえで、本人に決めさせる経験を少しずつ積み重ねれば、思い込みサイクルは正の方向に回り始めます。未来工業も、いきなり「ホウレンソウ禁止」を打ち出したわけではなく、長い時間をかけて文化を作っていったことを忘れてはいけません。
Q2. 職務拡大と職務充実、どちらから手をつければいいですか?
中小企業の現場感覚では、職務充実(質を高める)から始めるのがおすすめ です。職務拡大(量を増やす)だけ先行すると、「責任は変わらないのに仕事ばかり増えた」と捉えられて、かえって離職を早めることがあります。一方、職務充実は「これは君の仕事として、判断も含めて任せる」という形なので、本人の達成感・責任感が同時に高まります。量はその後でいい。
Q3. ベテラン社員に対しても職務拡大・職務充実は有効ですか?
有効です。ただし若手とはアプローチが違います。ベテランの場合は「新しい仕事を増やす」よりも、「既存業務の判断権限を明示的に渡す」「後輩の育成・改善提案など、本人の経験を活かせる役割を加える」方向が刺さりやすいです。アージリスの言う「複雑で深い関心」「長期的見通し」は、まさにベテランの強みなので、それを活かす設計を考えましょう。
Q4. 「常に考えろ」と言ってもベテラン層が動きません。どうすればいいですか?
未来工業の山田昭男氏が「常に考える」をスローガン1つで終わらせず、提案制度1件500円の現金支給 という具体的な仕組みに落とし込んだことを思い出してください。スローガンだけでは行動は変わりません。考えたことを表明する場、表明したら何かしら反応がある仕組み、これらを「制度として」組み込むことで、初めて文化が動きはじめます。
Q5. 給料を上げる余裕がないなかで、動機づけ要因に手をつける意味はありますか?
意味があるどころか、給料を上げる余裕がない中小企業こそ、動機づけ要因に手をつけるべき です。第2回 で見た通り、衛生要因(給料)は離職を防ぐ要因にしかなりません。業績を伸ばし、社員のやる気を引き出すのは動機づけ要因(達成・承認・仕事自体・責任)であり、これらは お金をかけずに設計できる 要素です。順番としては衛生要因が業界水準を下回らない範囲を維持しながら、動機づけ要因に時間と工夫を投資する、これが中小企業の最適解です。動機づけ要因に火をつける具体策の一つが、社員に経営判断を疑似体験させる 戦略MG(マネジメントゲーム)研修 です。
次回予告
次回は、ここまでの個人レベルの動機づけ論をさらに一段引き上げ、組織全体のパワーをどう引き出すか という問いに正面から取り組みます。テーマは 1938年に出版されたチェスター・バーナードの『経営者の役割』──近代組織論の出発点となった古典です。
「あなたは『組織』を見たことがありますか?」というやや変な問いから始めて、目に見える「企業」と目に見えない「組織」の違い、組織3要素(共通目的・貢献意欲・コミュニケーション)、そして個人と組織を結びつける 交換パラダイム と 統合パラダイム──いわば「経営理念もインセンティブになる」という現代パーパス経営の原点を、中小企業の経営者の言葉で読み解いていきます。
次回予告|第4回「経営理念もインセンティブになる|バーナードの組織3要素と中小企業のビジョナリー経営」
連載は第4回以降も、現代経営学の主要論点(経営戦略論・組織文化論・組織学習論・ステークホルダーマネジメントなど)を中小企業の現場目線で取り上げていく予定です。第1回〜第3回までの土台のうえで、より実務的なテーマに踏み込んでいきます。
学術論文・参考資料
※1 中山 慎吾(2021)「障害者施設職員における肯定的仕事観及び職務環境と仕事への満足度・熱中度との関連性──ハーズバーグの二要因説等を踏まえた検討」『福祉健康科学』1巻, pp.3-18(大分大学学術情報リポジトリで全文公開)
※2 越智 小夏「株価2倍の未来工業、マネー呼ぶ『日本一ホワイト企業』」『日経速報ニュースアーカイブ』2023年12月27日(配線ボックスの国内シェア7〜8割・年180日休日・平均年収643万円の出典)
※3 「社員を日本一幸せに(2)未来工業創業者 山田昭男さん」『日本経済新聞』夕刊「人間発見」2013年2月13日/「社員の改善提案、効率の源 ── 電設資材の未来工業、脱・長時間労働で成長」『日経産業新聞』2014年12月15日19面(ホウレンソウ不要・上司の一方的命令の禁止・提案制度1件500円〜最大3万円/年1万件超の出典)
※4 「常に考える(4)未来工業社長 山田昭男氏 ── 先手必勝へ提案制」『日経産業新聞』1996年5月23日25面/「未来工業、可とう電線管業界シェア2位」『日本経済新聞』朝刊 1991年10月19日(提案制度の起源・創業以来赤字なし・電線管シェアの出典)
※5 太田 肇(2017)「日本型組織と不祥事──『管理強化』がなぜ裏目に出るのか──」『經營學論集』87巻(日本経営学会・J-STAGEで全文公開/「管理のパラドックス」と職務的自尊心の出典)
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- 連載第2回「給料を上げても社員が辞める理由|ハーズバーグの二要因理論」