コンステラ経営相談所
経営のヒント

経営理念が浸透しない本当の原因
バーナードの組織3要素

経営理念を掲げても社員に浸透しない、会社に一体感がない。実は理念は、給料に並ぶ第二の報酬になります。バーナードの組織3要素(共通目的・貢献意欲・コミュニケーション)を土台に、経営者・人事担当者がビジョン経営と理念浸透を実現する実践ステップを、事業承継やパーパス経営の文脈とともに解説します。

月曜の朝礼。当番の社員が額に入った経営理念を読み上げ、全員で唱和して、一日が始まります。けれど唱和が終わった瞬間、その言葉はもう誰の頭にも残っていません。現場の関心は今日の納期と目の前の数字に切り替わり、額の中の理念は、また一週間、壁の飾りに戻ります。多くの中小企業で、せっかく作った経営理念がこうして ただのお飾り になっています。

一方で、同じ経営理念が、給料に並ぶほど強力な「第二の報酬」として社員を動かしている会社もあります。両者を分けるのは経営者の熱意の量ではなく、組織が成立する仕組み そのものです。その仕組みを1938年の古典『経営者の役割』で解き明かしたのが、チェスター・バーナードでした。

この記事の3つのポイント
  • 経営理念が浸透するかどうかは、共通目的・貢献意欲・コミュニケーション(バーナードの組織3要素)が組織として働いているかで決まる。なかでもカギは、現場と交わすコミュニケーション
  • 社員と会社のつながりには「給料による結びつき」と「理念への共鳴による結びつき」の2つがある。給料で大企業に勝てない中小企業の勝ち筋は後者
  • 経営理念は壁に飾るお飾りではなく 給料に並ぶ第二の報酬体系。経営者の本当の仕事は、30年後のビジョンを語り続けること

経営理念が「ただのお飾り」になっていませんか

「理念を作ったのに、社員に聞くと誰も覚えていない」「ビジョンを掲げても、現場は数字と納期のことしか考えていない」。心当たりのある経営者は少なくないはずです。

ここまでの連載では、モチベーション論を段階的に見てきました。経営者や人事・研修担当者が、組織のやる気を引き出すための基礎知識です。

第4回となる今回は、視点を一段引き上げます。個人のやる気ではなく、組織全体のパワーをどう引き出すか。この問いに正面から答えたのが、バーナードの『経営者の役割』でした。会社の存在意義を軸に経営を立て直す考え方(いわゆるパーパス経営)や、ビジョンを語り続けるリーダー像をめぐる現代の議論は、すべてここから出発しています。


経営理念は給料に並ぶ「第二の報酬」である

先に、この記事を読み終えたときの「見え方の変化」をお伝えしておきます。

社員と会社(または部門)の結びつき方には、大きく2つあります。1つは、働きと給料を交換する関係。もう1つは、個人の目標と会社・部門の目標が重なり合う関係です。前者しか見えていないうちは、社員をつなぎ止める手段は昇給と評価しかありません。その土俵で戦うかぎり、中小企業は大企業に勝てませんし、大企業の組織改革でも同じ課題に直面します。

この記事を読み終えるころには、2つ目の結びつきが見えるようになります。壁の額に入った経営理念が「飾り」ではなく、給料と並ぶもう1つの報酬体系、つまり 社員を動かす実用の道具 として見えてくるはずです。そしてそれを成立させる土台が、バーナードの示した組織の3要素、共通目的・貢献意欲・コミュニケーション です。

それでは、順を追って読み解いていきましょう。


「組織」と「企業」は別物である(バーナードの根本発見)

あなたは「組織」を見たことがありますか?

少し奇妙な質問から始めます。あなたは「組織」を見たことがありますか?

「会社」なら見たことがあります。株式会社○○商事、従業員○名、本社所在地○、資本金○、設立○年。これらは登記情報を見れば確認できますし、社員も、ビルも、工場も、目に見えます。

では「組織」はどうでしょう。組織図? あれは組織を図にしたものであって、組織そのものではありません。社員の集合でも、建物や工場でもない。朝礼の風景も、組織の一断面に過ぎません。実は、誰も「組織」を直接見たことはない のです。

これがチェスター・バーナードの出発点でした。彼はAT&Tの子会社(ニュージャージー・ベル電話会社)の社長を長年務めた実務家であり、同時に1938年の名著『経営者の役割(The Functions of the Executive)』の著者です。彼は組織をこう定義しました。

組織とは「2人以上の人々の、意識的に調整された諸活動・諸力の体系」である。

抽象的に聞こえますが、ここに中小企業経営の急所があり、同時に大企業の部門やチーム運営にも共通する課題があります。

岩を動かす3人の比喩|組織が成立する瞬間

バーナードの組織概念を直感的につかむために、組織論の教科書でよく使われる比喩を紹介します。

ある道に大きな岩が転がっています。そこへ3人の通行人がやって来ました。1人は家に帰りたい人、1人は恋人に会いに行きたい人、1人は警察から逃げている犯人。3人の個人としての目的は、見事なまでにバラバラです。

ところが岩がある以上、誰も先へ進めません。ここで一時的に、3人のあいだに 共通の目的 が生まれます。「岩をどける」です。

3人は力を貸そうと腹を決め、声を掛け合って押す向きとタイミングをそろえ、同じ方向へ全力で岩を押します(コミュニケーションで力の方向を合わせる)。岩は転がり、道が開けます。

この、岩が動き出してからどけ終わるまでの「3人の合力」。ここに発生していたものこそ、バーナードが定義した「組織」です。岩が転がった瞬間に共通目的は消え、3人はそれぞれの目的(帰宅・デート・逃走)に向かって去っていきます。組織は作られては消え、また作られる。その繰り返しです。

図2:岩を動かす3人の比喩|共通目的の発生と組織の成立

共同体系(=企業)≠ 組織

バーナードはさらに重要な区別をします。目に見える企業・大学・病院は「共同体系(協働体系)」と呼ばれ、人・モノ・社会的な関係の複合体です。一方「組織」は、その中で共通目的・貢献意欲・コミュニケーションがそろった瞬間に立ち現れる、目に見えない力の体系です。

これは机上の整理ではありません。会社に在籍している社員が、いつでも組織のメンバーだとは限らない からです。

たとえば、外回りの帰り道を思い浮かべてください。車の中で同僚と「あの新しいサービス、こう売ったほうがお客様に響くんじゃないか」と夢中で議論している社員がいたとします。勤務記録の上ではただの移動時間です。けれどその瞬間、2人はまぎれもなく組織のメンバーです。共通の目的に向かい、貢献しようという気持ちがあり、対話が交わされている。3つの条件がすべてそろっています。逆に、定時にきちんと席に着いていても、心が完全に仕事から離れている時間は、会社(共同体系)に在籍したまま、組織からは抜けているのです。

在籍しているかどうかは登記や雇用契約で決まります。しかし組織のメンバーかどうかは、共通目的・貢献意欲・コミュニケーション の3つがそろっているかで決まる。ここがバーナードの実践的な凄みです。

図3:共同体系(企業)と組織の入れ子構造|目に見える企業と見えない組織


組織を成立させる3要素とは|「共通目的」こそが経営理念

図4:バーナードの組織3要素|共通目的・貢献意欲・コミュニケーション

バーナードは、組織が成立するための必要十分条件として3つを挙げました。

要素 中身 中小企業での具体例
① 共通目的 全員が向かう同じゴール 経営理念・ビジョン・パーパス
② 貢献意欲 力を提供する意志 「自分もこの会社のために動こう」という気持ち
③ コミュニケーション 方向を合わせる伝達 朝礼・1on1・会議・経営者の発信

3つの要素は、1つでも欠けると組織になりません。共通目的がなければ、社員はただの集団です。貢献意欲がなければ、目的があっても誰も動きません。コミュニケーションがなければ、力の方向がバラバラになります。給料を払っているだけでは、このどれも満たせません。

そして3要素の筆頭にあるのが「共通目的」。これがまさに 経営理念 です。

なお、経営理念・企業理念・ミッション・ビジョン・パーパスと、似た言葉が並んで迷う方も多いのですが、いずれも組織3要素の筆頭「共通目的」を別の角度から言い表したものと考えて差し支えありません(企業理念は会社の根本的な価値観、経営理念はそれを経営の指針にしたもの、ビジョンは目指す未来像、パーパスは社会に対する存在意義)。混同しやすいのが「経営理念の3要素」と本記事の「組織の3要素」で、前者は理念体系の構成要素を、後者は理念(共通目的)が組織として機能するための条件を指します。

中小企業における「共通目的」の力

経営理念は単なるスローガンではなく、組織の成立要件である。この事実は、経営者や人事担当者にとって決定的に重要です。中小企業では給料・待遇・ブランド力で大企業と競争しても勝てず、その劣位を補うのが理念の力です。同様に大企業でも、部門や新規事業部の立ち上げ時には、給料と福利厚生では本社の既得部門と競争しにくいため、「共通目的の鮮度と強度」で人材を束ねる必要があります。

大企業は組織が複雑になり、理念が現場まで届きにくくなります。中小企業は経営者の声が直接届く距離にあります。ここに、中小企業ならではの組織化の優位性があります。

経営学の研究でも、田中利正氏・多湖雅博氏(京都文教大学)の調査では、経営理念を明文化している中小企業は約85%(調査では84.9%)にのぼり、大企業でも階層別研修や人事異動時のオンボーディングで理念浸透を施策としている企業が増えています。ただし「明文化」と「浸透」は別問題で、経営状態が芳しくない企業ほど明確な経営理念を持たない傾向も報告されています(※1)。

同論文はもう一歩踏み込み、中小企業では理念に則った行動を語るだけでは足りず、経営者と従業員が密にコミュニケーションを取り、社内研修や教育を通じて浸透させることが重要だと指摘しています。バーナードの組織3要素のうち コミュニケーション が、中小企業ではとりわけ効くということです。


経営理念が「インセンティブ」になる仕組み(統合パラダイム)

交換パラダイムの限界

ここで、神戸大学にいた経営学者・坂下昭宣氏の整理を借ります(『経営学への招待〔第3版〕』2007年)。坂下氏は人と組織の関係を 交換パラダイム統合パラダイム の2つに分けました。

交換パラダイムは古典的な見方です。組織は個人に給料や評価などの物質的・評価的インセンティブを与え、個人はその見返りに業績を提供する。交換が釣り合っているうちは、人は組織にとどまります。

シンプルで分かりやすい見方ですが、限界もはっきりしています。

中小企業がこの土俵だけで戦えば、ほぼ確実に大企業に負けます。

図1:交換パラダイム vs 統合パラダイム|給料 vs 理念のインセンティブ

統合パラダイムの2つの形

これに対して坂下氏が示すもう1つの形が 統合パラダイム です。個人の目標と組織の目標が重なり合っているからこそ、人がそこにとどまるという構図で、2つのバリエーションがあります。

区分 意味
① 自己実現インセンティブ 個人の自己実現と組織の活動が合致 研究者が研究したい大学に勤める/職人が自分の技を磨ける工房に勤める
② 理念的インセンティブ 個人の夢と組織のビジョンが合致 「世界の貧困をなくしたい」個人が同じ目標を掲げる組織に集う

第3回 で扱った職務充実は、主に自己実現インセンティブの側です。仕事そのものの達成・承認・責任を高めることで、個人の自己実現と組織の活動を結びつけます。

そして本記事のテーマである経営理念は、まさに 理念的インセンティブ の中核に位置します。「この会社のビジョンに共鳴したから、ここで働きたい」。これが理念的インセンティブの本質です。

学術的な系譜で言えば、自己実現インセンティブは個人の心理や行動を扱う組織行動論の方向に、理念的インセンティブは「会社をどこへ導くか」を扱う経営戦略論の方向に発展していきます。本連載では次回以降、後者の系譜にも踏み込んでいきます。

図5:統合パラダイムの2つの形|自己実現インセンティブと理念的インセンティブ

ビジョンを語り続ける経営者がカギを握る

統合パラダイムが機能するには、経営者自身が「ビジョンを語り続けるリーダー」である必要があります。経営学ではビジョナリーリーダーと呼ばれますが、要するに、会社の向かう先を自分の言葉で示し続ける経営者のことです。

よく挙げられるのが、トヨタ自動車の豊田章男氏(現会長)です。社長就任後、リコール問題・リーマンショック・東日本大震災という大きな危機が立て続けに会社を襲いました。その渦中で豊田氏が拠りどころにしたのは、緻密な数値目標ではなく、「もっといいクルマをつくろう」というシンプルなビジョンでした。父・章一郎氏の時代の「Fun to Drive」にも通じるこの原点を、自らの言葉で繰り返し発信し、現場を歩いて共有していく。危機からの回復の過程で、ビジョンが組織を束ね直す力になったことを示す実例です。

もう1つ参考になるのが星野リゾートです。創業家出身の星野佳路氏は、長野県軽井沢の老舗温泉旅館を受け継ぎ、自社を 「リゾート運営の達人になる」 と定義し直しました。自分たちは旅館という建物の主ではなく、運営の腕で勝負する会社だ。この再定義が社員の向かう先をそろえ、温泉旅館の枠を超えた世界的なリゾート運営会社への成長を支えました。

あれは大手の話だ、うちには関係ない。そう思うかもしれません。しかし、何万人もの社員にビジョンを届けるより、十数人の社員に届けるほうがはるかに易しいはずです。実際、中小企業の現場では、経営者が会社の向かう先を自分の言葉で語り始めた途端に、社員の顔つきが変わる場面に出会います。同じ発想は、大企業の新規事業部や部門長の現場でも通じます。経営者の声が全員に直接届く中小企業、あるいは部門長の目が行き届くチーム単位では、ビジョンで組織を束ねやすい立場にあるのです。

日々の業務の指揮は管理職に任せられても、会社(または部門)の向かう先を語る仕事だけは、経営者または部門長にしか務まりません。経営者・部門長本人が「会社・部門のビジョン」を発信し続けることに時間を使う。これがバーナードの理論から導かれる、リーダーの本来の役割です。


ファミリービジネスと長期ビジョン|
中小企業の隠れた優位性

ビジョン経営を語るうえで欠かせないのが、ファミリービジネス(創業家が経営に関わり続けている企業)の視点です。

日本企業の多くは、緩く定義すればファミリービジネスにあたり、地方の中小企業のほとんどがこれに該当します。大企業ですら、創業家の精神的な影響力が経営に及び続けている例は珍しくありません。

ファミリービジネスのもっとも本質的なメリットは、長期で物事を考えられることです。雇われ社長は短期業績で評価されますが、創業家の経営者は「30年後・40年後にこの会社をどう残すか」というスパンで意思決定できます。

ここで1つ、考えてみてください。100年続く会社とは、どんな会社でしょうか。技術力でしょうか、財務の堅さでしょうか。どちらも欠かせない条件ですが、調査からはもう1つの共通項が浮かび上がります。

上野恭裕氏(関西大学)が創業100年以上の中小ファミリー企業146社を質問票調査した結果、明文化された経営理念がある企業は約92%。そのうち約70%が、創業家・経営陣・従業員まで理念を共有できていると報告されています(※2)。

上野氏は、創業家ファミリーが株式所有と経営への関与を通じて家訓・経営理念を共有していることが、長期存続を支えていると推察しています。長く続く会社の強みは、長年積み重ねてきた顧客・取引先・地域からの信頼や技術力であり、その背景に理念の浸透がある。この調査はそう示唆しています。

中小企業の経営者にとって、自社がファミリービジネスであることはハンデではなく、30年・40年スパンの長期ビジョンを語れる構造的な優位性 です。事業承継期は、その優位性を最大限に活かしてビジョンを再定義する絶好のタイミングでもあります。


なぜ経営理念は浸透しないのか|3つの落とし穴

経営コンサルティングの現場では、立派な理念が額の中で眠ったままになっている会社に数多く出会います。話を聞いていくと、浸透しない理由はだいたい3つに絞られます。

落とし穴1|共通目的が抽象的すぎる(「お客様第一」だけ)

「お客様第一」「社員を大切に」「社会に貢献」。どれも間違っていません。問題は、抽象的すぎて社員が日常の判断に使えないことです。

改善例:「お客様第一」→「お客様が困っていたら、まず自分で動く」のように、社員が日々の判断で使える行動レベルまで噛み砕く。

田中・多湖(2023)も、中小企業では抽象度の高い理念をそのまま掲げるだけでは届きにくく、行動規範・判断基準まで分解して、日々のコミュニケーションに乗せる必要があると指摘しています(※1再掲)。

落とし穴2|貢献意欲を引き出すコミュニケーションが足りない

理念を額に入れて壁に貼っただけ、年に1度の経営方針発表会で読み上げるだけ。これではコミュニケーションの量が圧倒的に足りません。

改善例:理念の文言を繰り返すのではなく、理念が形になった出来事を拾って語る。「先週の納品トラブルでのあの対応。あれがうちの理念そのものだ」というように、実際にあった行動と結びつけて話すと、抽象的な言葉が現場の風景に変わります。

落とし穴3|「同質化」を求めすぎる

理念浸透を進めるあまり、価値観の合わない社員を排除する空気を作ってしまうケースもあります。これも危険です。

組織には多様な人材が必要で、無理に染め上げようとすると会社が宗教めいてきます。理念に深く共鳴する層・中立的な層・離れていく層は必ず生まれます。賛同しない人が静かに退出していくのも、自然な流れとして許容する。「全員を巻き込もう」と力みすぎないバランス感覚が、長く続く組織を作ります。


経営理念を浸透させるには|中小企業の経営者がやるべき3ステップ

ここまでの議論を踏まえ、経営者が明日から着手できる3ステップを整理します。

図6:中小企業のビジョン経営3ステップ|30年ビジョン × 制度化 × 両輪

ステップ1|30年後の「共通目的」を言語化する

明日や来期ではなく、30年後にこの会社がどんな社会を作っているか。ここから逆算してビジョンを言葉にします。創業家が長期で経営に関わる中小企業ほど、この長い時間軸を活かせます。事業承継期は、ビジョンを再定義する絶好のタイミングでもあります。

豊田章男氏が「もっといいクルマをつくろう」というひと言に立ち返ったように、ビジョンは複雑である必要はありません。30年後の社会を想像したときに、自社が「何を残しているか・何を作っているか」をひと言で言えるかどうか、です。

ステップ2|「貢献意欲」と「コミュニケーション」を制度化する

ビジョンは一度の発表で終わらせず、コミュニケーションの仕組みに組み込みます。

星野リゾートが「リゾート運営の達人」という自社の定義を組織のすみずみまで共有することにこだわったように、ビジョンは仕組みに乗せて初めて浸透します。

ステップ3|交換パラダイム(給料)と統合パラダイム(理念)を両輪で回す

第2回 で見たとおり、衛生要因(給料)が業界水準を下回っていれば社員は辞めていきます。理念だけで給料の不足を埋めようとしてはいけません。給料は最低限の水準を維持しながら、それと並行して理念的インセンティブを高める。これが両輪です。

給料は離職を防ぎ、理念はやる気と業績を引き上げる。両方が必要。


まとめ|経営理念は「お飾り」ではなく「給料に並ぶ第二の報酬体系」

最後に、本記事の要点を整理します。

経営理念はただのお飾りではなく、給料に並ぶ第二の報酬体系 です。給料で勝てない大企業との競争を、中小企業が戦い抜くための最大の武器でもあります。その土台が、1938年にバーナードが示した共通目的・貢献意欲・コミュニケーションの3要素です。会社の存在意義から経営を立て直そうという現代の議論(パーパス経営)も、すべてここから出発しています。

ご自身の会社の経営理念を、もう一度見つめ直してみてください。それは30年後の社会を語っていますか? 社員一人ひとりの夢と重なるものになっていますか? 朝礼や1on1で、実際の出来事に載せて語り続けていますか?

もしまだなら、ここから始められます。経営者の声が届く距離にある中小企業ほど、ビジョンで組織を束ねる経営を実践しやすいのです。社内のコミュニケーションを活性化し、社員に経営者目線を体感してもらう場として、戦略MG(マネジメントゲーム)研修 のような機会を活用するのも一手です。


FAQ

Q1. 経営理念を作ったばかりです。最初に何から始めるべきですか?

まず 経営者本人が、自分の言葉で語れるか をテストしてみてください。スピーチ原稿を読み上げる形ではなく、立ち話で社員に説明できるレベルまで腹に落ちているか。それができないなら、まだ社員には伝わりません。次に具体的なエピソードを3つ用意します。「うちの会社の理念は、こういう場面で発揮される」というストーリーがあれば、抽象的な理念が現場に降ります。

Q2. 朝礼で唱和していますが浸透しません。どうすれば?

唱和は、コミュニケーションの最低限の形ですが、それだけでは足りません。「先週、Aさんがこういう判断をしてくれた。これがまさに私たちの理念だ」という具体的な語りを、経営者が定期的に追加してください。理念は 具体的なエピソード を介してのみ浸透します。形式的な唱和は、むしろ「理念は形だけのもの」というメタメッセージを送ってしまう危険があります。

Q3. 後継者です。先代のビジョンと自分のビジョンが食い違っています。どうしたらいいですか?

これはファミリービジネスでよく見られる課題です。経営学の研究では、事業承継期はステークホルダーの入れ替えの好機とされており、新しいビジョンを掲げて古い体制を脱却する絶好のタイミングです。先代を全面否定する必要はありませんが、「先代のビジョンの何を引き継ぎ、何を新しくするのか」 を明示することが大切です。星野リゾートの星野佳路氏のように、温泉旅館をリゾート運営会社へと再定義することで、ビジョンを刷新した事例も参考になります。

Q4. 給料を上げる余裕がありません。理念だけで社員は定着しますか?

これは要注意です。第2回で扱ったハーズバーグの二要因理論を思い出してください。衛生要因(給料)が業界水準を大きく下回っていれば、どれだけ理念が立派でも社員は辞めていきます。理念は給料の不足を埋める魔法ではありません。あくまで 給料が業界水準を満たしていることを前提に、その上で動機づけを高める仕組み です。給料を業界平均並みにする努力と、理念を磨く努力を、両輪で進めてください。

Q5. 理念に共鳴しない社員はクビにすべきですか?

クビにする必要はありません。重要なのは、理念に共鳴する人が留まり、共鳴しない人は静かに退出していく という自然な流れを許容することです。無理に「全員を巻き込もう」とすると、組織が宗教的になってしまうリスクがあります。多様な人材が組織に必要であることは前提とした上で、採用時に理念を明示し、共鳴する人を採る。これが長期的にもっとも健全な方法です。

Q6. パーパス経営・ビジョン経営・企業理念は何が違いますか?

ほぼ同じ系譜の議論で、いずれもバーナードの「共通目的」を現代風に展開したものです。細かく言えばビジョンは「会社が目指す未来像」、パーパスは「会社が社会に対して果たす存在意義」を指します。企業理念は会社の根本的な価値観・存在意義そのもの、経営理念はそれを経営の指針として言語化したものですが、中小企業の実務では両者をほぼ同義に扱って問題ありません。いずれも組織3要素の「共通目的」にあたり、「30年後にこの会社がどんな社会を作っているか」 という問いから出発するのが分かりやすいでしょう。

Q7. 経営理念が浸透しない理由は何ですか?

社員の理解不足だけが原因とは限りません。組織の側 にも目を向ける必要があります。バーナードが示した組織成立の3要素(共通目的・貢献意欲・コミュニケーション)を「点検の枠組み」として使うと、①共通目的(理念)が抽象的すぎて日々の判断に使えない、②理念を語るコミュニケーションが足りない、③同質化を求めすぎて反発を生む、といった組織側の条件が見えてきます。額に飾って唱和するだけでは、とくにコミュニケーションが不足したままになりがちです。

Q8. 経営理念を浸透させる方法・プロセスは?

中小企業の場合、①30年後の「共通目的」を経営者の言葉で言語化する → ②貢献意欲とコミュニケーションを制度化する(朝礼での具体的なエピソードの語り・表彰・1on1・継続発信)→ ③給料という交換パラダイムと理念という統合パラダイムを両輪で回す、という3ステップが基本です。一度の発表で終わらせず、経営者が具体的なエピソードを通じて語り続ける ことが、浸透の最大のカギになります。

Q9. 経営理念の3要素とは何ですか?「組織の3要素」とどう違いますか?

「経営理念の3要素」という場合は、一般に理念体系を構成する要素(ミッション・ビジョン・バリュー、あるいは理念・行動指針・経営方針など)を指すことが多い言葉です。一方、本記事で扱うバーナードの「組織の3要素」は、組織そのものが成立する条件である共通目的・貢献意欲・コミュニケーションを指します。両者は別概念ですが密接に関係しており、経営理念は組織3要素の筆頭である「共通目的」を具体的に言語化したもの にあたります。


連載はここから戦略論へ|第5回以降の読みどころ

第1回〜第4回で、私たちは個人レベルのモチベーション(ホーソン実験/ハーズバーグ/アージリス)から組織レベルのパワー(バーナードの組織3要素)へと、視点を一段ずつ引き上げてきました。

第5回からは、いよいよ経営戦略論の領域に踏み込みます。「経営理念(共通目的)が決まったとして、それを形にするために、自社はどの市場で・どう戦うのか」という問いです。バーナードの議論からは、ハーバート・サイモンの意思決定論(ノーベル経済学賞の研究)が分岐し、組織を安定的に動かしている組織文化論(エドガー・シャインら)にもつながっていきます。

中小企業の組織づくりは、ここからが本当に面白くなります。引き続きお付き合いください。


参考文献・出典

※1 田中 利正・多湖 雅博(2023)「中小企業における経営理念の課題と対策」『地域協働研究ジャーナル』2号, pp.23-40, 京都文教大学地域協働研究教育センター(京都文教大学機関リポジトリで全文公開)

※2 上野 恭裕(2024)「日本企業の長期存続要因に関する研究:質問票調査の集計結果から」『関西大学社会学部紀要』56巻1号, pp.225-243(関西大学学術リポジトリで全文公開)

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